……本人がぐんにょりしております。昼間は某所テープ起こし、夕方から自分の原稿やってるのですが、その合間に本業のほうが激オコぷんぷん丸なんて可愛いこと言ってられる状況じゃない割り込み案件がありまして。
……本業の方、全然金にならないのにあれこれ言われ押し付けられてるので、SAM値の急降下がひどいです。

そんな話はともかく。

岩手の方でちゃぶ台ひっくり返し祭りみたいのがあったんですって。
ちゃぶ台をひっくり返して、その上に載っているおもちゃのホットドックの飛距離を競うっていう祭りらしいです。
それに対し、「DVを助長させる祭りなんて!」と抗議した方がいたとか。
なんでもその人はパートナーにちゃぶ台ぶつけられたりひっくり返されたりといった虐待を受けていたそうな。
うん、それは可哀想です。

……ですが、さすがにこのお祭りは別にDVを助長させるものじゃないし、そんなことを考えた人はいないんじゃないかなあ……。

しかし、この●○に対して「犯罪を助長させる!」から中止しろって論理は、どんなものにも適用可能なゆえに、怖いよなあと思うのです。しかも、トラウマになるから!と言われればぐうの音も出ませんね。最近はPTSDという病名にもなりましたし。

というわけで、ちょっとやってみようか。 

 

まずご飯を作ろうか。
包丁→人殺しの道具の定番だから!
ペティナイフ→若者が人を刺すときに使うから!
キッチンハサミ→子供が振り回したら危険です!
まな板→ 厚い木の板で殴られるDVが!
シートタイプのまな板っぽい奴→これで口を不在で窒息死!
箸・フォーク→振り回して目を突いたら!
米→おじいちゃんが喉詰まらせて窒息死した!
野菜→農薬が!放射能が!

……ごめん。疲れてきたんだけど、もういいかな?駄目?
(ちなみに、上に挙げた例題はすべて聞いたことのある話です。いや、すべて同じ人ではないんだけどね)

いや、すごくアホな話なんだけど、誰かが死んだり怪我したりするから「トラウマで」危険です!とか言い出して排除しようとすると何もかも消えるんだよね。

自動車だって交通事故で死んだトラウマがある。飛行機も鉄道もバスも船も事故でトラウマになった人がいる。自転車やバイクだってトラウマな人がいる。じゃあ歩けばいいじゃん!ってなるんだけど、有名メーカー製スニーカーとかですら盗難とかでトラウマになってる人とか、企業的に消えろ!って言ってる人もいて、そうするとどこのメーカーならいいのかと。ハイヒール?足首痛めるからトラウマさ!(ぁ
嗜好品にしたって、タバコもアルコールもトラウマいっぱいいるでしょう。ジュースならいい?いやいやいや、ジュースの飲み過ぎで病気になった人もいる。本も、ビジネス書を本気で読んで痛い目あったりとか、健康に関するもの読んで実践したら逆効果とか、漫画なんかは最近ちょっとエロいと「子供の教育がー!」と叫び出すわけで。
釣りだって釣竿で失明とかな、盆栽だって盆栽めぐって人殺しとか起きてるし、どの趣味だったら大丈夫かなーと考えてるんだが、まず大丈夫そうなものが浮かばない。
最近は鳥人間コンテストですら「無理矢理ドライバーやらされて大怪我した!」という話になっている。
(いや、アレも大概危険だよなーとは思ってたけど) 
TVもバラエティはどんどん無難なものになり、そういうものを作るとつまらないから不要となる。かと言ってアニメなどは「あんなものが犯罪者を育てるのよキー!」といわれるわけで。脅迫状が来ましたとニュースが報道すれば、そこで報道されたものとそっくりな脅迫状を模倣犯が送るわけで……。


おかしい?うん、おかしい。
ただ、誰かが嫌だ!なくなればいい!と叫んだものを消すと、全てのものが消えるんですよ。
自分自身でさえ。
モテナイ男が「女なんかいなくなればいい!」といえば女は消える。
残った男のうちで「ああいうやつは消えればいい」合戦を繰り返すと、最後に一人だけ残る。
もしかしたら誰も残らないかもね。何も残らないかもね。


トラウマって、不用意にみなくてすむならそれがいいと思うんだ。
ただ、生きていく限り、いろいろな人と生活していく限り、全くみなくてすむ人生って無理なんだ。
強制的に見せられる、見なければ生きていけないというのはなくしていくべきだと思う。
んだが、そうじゃなかったら見なかったことにする、脳内スルーって重要だと思うのです。

そして、それが自分の好きなものをやることの出来る権利でもあると思うのです。 
嫌いっていう権利はそりゃあるけども。他人の好きと嫌いも受け入れないといけない。

ん?ゾーニングすればいい?

そうすると、人はマンションの個室から出られなくなると思うよ。
趣味嗜好ははいいいえみたいにくっきりとした境目などない。グラデーションのように曖昧な境目だったりするのです。


人っていろんなラベルを貼られて生きています。
そのラベルで他人を区別しようとしてるのです、みんな無意識に。
ただ、ラベルで区別しているうちは、その人のことなど何もわかっちゃいない。
トラウマも、心の傷も、その人の考え方も。
ゾーニングって人に付けられたラベルで区分すればいいじゃないか!って言ってるのと同じだからね。
同じラベルの人は同じ考えで同じトラウマもってるって言ってるのと一緒だからね。


なんつーかそういうものに踊らされず生きて行きたい、共存して行きたいなあとは思うのです。
ただ、残念ながら、大半の人は自分の世界以外の人に対し、無関心ではなく敵視してるように見えます。
敵視して、敵のものを全て消そうと考えてしまいます。
DVとか、暴力とか、子どもたちに悪影響だからとか、「みんな」が嫌だと言ってるからとか。

気持ちはわかるんだけどね。
でもね。


そうすると、全てのものが許されない世の中になるんだよね。
自分の好きなものですら。