某グルメ漫画のあれこれについて、喧々諤々とした意見が聞かれますが。

冒頭で自分の感想を述べると。
「表現の自由とか言い出したことからややこしくなってるよね」
だったりします。

あの漫画が国民的漫画となっちゃってるから影響力強いのは事実だし、作者がどういう取材したのかしらんけどカルト的に言いはる方は当然居るわけで、そういう思想の方だけに取材しちゃったらああなるよねという。
(新聞記者としてはグルメよりもショッキングなテーマのほうが食いつくわけで。アレの設定が「新聞記者」ってことを考えると、マスコミの取材方法や対応などを見事になぞってると考えることも出来る。その後の反応まで考えると「日本人(作者も、これを真に受けた人も)は情報収集能力があの時から変わってないよなあ」という感想も出てしまう)

別に誰に取材して、その取材に基づいて創作することは問題じゃないけど、それを「取材に基づくノンフィクションに近いフィクション」作品において、こんなの間違ってる!というのは必死だし、それに対し「表現の自由です」はある意味間違ってないけど、それを紋所のように出せば被害者に対し謝罪しなくても許されるという雰囲気を「加害者側」がしちゃダメだよねという話。

で、だ。
この問題のキーワードである「表現の自由」ってなんじゃろなという話になります。
これについて、つらつら語るでござる。
なお、あくまで一般論なので、このグルメ漫画個別についての対応方法はしないことにするよ。
(というか、漫画側は作者も出版社も大人だし、ちゃんと謝罪しろよでFAなんでなあ)


 

さて、表現の自由とはなんぞや。 

大枠で言うと「己が考えたことを自己で表現することなどを規制しない」というものです。
……日本人の悪い癖で、規制しない=何やっても許される!って思っちゃう人が多いんだけど、法律で裁かないって話であって、個人間の感情については別なんですよ。というか、胸糞悪い表現をしたことに対し、他の人が「不快だ!謝れ!」っていうのも、また表現の自由なんですよ。でも、胸糞悪い表現をしたという理由「だけ」でその表現者を法律により罰することは出来ない。そういうこと。

で。
表現の自由とされるものっていろいろありまして。
日本国憲法第21条第2項において検閲の禁止があるのです。これは、「国民の知る権利を侵害してはならない」という点において。本来は創作物や報道などに対して、それがどれだけひどい内容だったとしても「これはダメだから削除します、都合のいいように修正しなさい」ということはダメだということ。

ただし。
知る権利において検閲はダメだけど、それを見た人が抗議の声を上げたりするのも表現の自由。この創作物を見てどう考えるかも表現の自由。そして、出来上がった創作物によって何らかの被害を被った場合、創作物の作者に対し訴えるのは、表現の自由とはまた別の話なのです。
表現の自由は、表現者に対しては保護してるけど、それによる影響力は述べてないのです。ゆえに、表現の自由により被害を被った人が出た場合、それは別の法(や条例)により何らかの罰則を受ける可能性はあるのです。
別の法律?ってあやふやなことを言ってるのは、被害の内容によって適用される罰則が変わるので。
ほら、2次創作などにおける表現の自由は「著作権法違反」の可能性がある。
けど、某グルメ漫画の場合は……なんだろうなあ。不勉強ゆえパッと出てこないんだけど、民法あたりになんかあったような記憶がある。

で、もうひとつ大事なこと。
これが検閲を禁止してる理由なんだけど。

この表現の自由という概念は欧米から輸入されているんだけど。
欧米においては、表現者が責任を追うことになっています。ゆえに、偏った報道とかがあってもそれに対し反論することも自由であり、また偏った報道をしたとしてもその責任はその取材をした個人や取材対象者、報道方法によっては発表した会社などが負うことになっています。
表現者が責任を負う、ゆえに個々の中で線引きが行われているのですが、それゆえに「これはダメ」「アレはダメ」という明確な法文などはなかったりします。自主規制はあるみたいだけど、統一化・明文化されてないといえばいいかな。 
だから、検閲は禁止なのね。検閲しない代わりに本人が責任取れや、取れないなら表現するなという意味で。

しかし、日本の場合は表現者個人でなく何故かそこに属するグループ(例えばマスコミとか、例えばオタクとか。例えばその会社とか)に責任が来てしまい、またこれらを解決する手段である裁判になると絶対に属するグループは勝てないという現実があります。被害者が最強。
(本来は欧米のように表現者個人に来るべきなんだけどね…)

ところが、日本国憲法において検閲は禁止とある。
検閲はしちゃダメ。
表現した内容の責任は表現者個人ではなく属するグループにある。

これを「連帯責任」といいます。個人の暴走を止められなかったその組織やグループが悪いと。
自分以外の人がやったチョンボにより自分たちにまで連帯責任負わされたらたまったもんじゃないってのは人の心理として正しいです。
ゆえに、日本の場合は「他の人に被害が出る前に内部で規制してしまえ!」とか「こういうバカと一緒にされたくないから法律で規制しろ!法律ができればバカと俺達は区別できる!」という話になってしまうのです。はい。

本来、表現の自由というものは、表現し発表することにおいて何者にも妨げられないというものだけであり、これは表現によって何らかの反論や罰則を受ける可能性があるという責任もセットで語らねばいけないのです。
ところが、どうも日本は「自由なんだから自由じゃん!責任関係ないじゃん!」とか言い出すからややこしいのよね。「自由=何やってもいい」と考える人が多すぎてアレでソレ。 何やってもいいけど、それによって被害者出たら責任はその人が取れよという話なんでなあ。
(2次創作も「好き勝手やってもいいけど、権利者になにか言われたらその人が対応(辞めるとか)しなきゃいかんのだぜ」なんだけど、対応したくないがゆえに出した結論が「権利者に見つからないようにみんな隠れてやるべき!誰かが見つかったら連帯責任なんだから!あ!隠れてない奴が居る!みんなでフルボッコして無関係ですって言っちゃおうぜ!」なのがアレでソレ)

こういう現状に対し、どこから修正や啓蒙すべきなのかと言われるとどこから手を付けていいのやらだし、表現の自由=同人活動な方から「この件で即売会主催は何も対応できないではないか!」とかどうにも明後日の意見とかあったりなかったりみたいななんというか。
この件にかこつけて誰か何かを叩くって表現もまた、「表現の自由」だし「知る権利」だしねえ。

個人的には「連帯責任制」(実は明文化されてるわけじゃない!)になる雰囲気さえなくなれば、個人の責任!って啓蒙しやすいんだけど。連帯責任をやめろというと「そうやって自分は関係ないっていいたいだけだろ!逃げる気か!」という理解に苦しむ口撃をする方もいたりとか、いろいろアレでソレで。
(この記事「アレでソレで」の表現が多いあたり、私の苦悩をわかってみたいな表現) 

そろそろ締める。
某グルメマンガに対して色々な思いもあるし、実際アレは被害出てるので何らかの対応をしなきゃいかん。被害は深刻だし、被害が深刻になる程度には影響力のある漫画であるので、すみやかに対応すべきと思う。連載の最後まで読んでくださいじゃなくてさ。
ただ。
表現の自由を盾に責任逃れをするなよ出版社や作者よといいたい。
今の問題って表現の自由とは別の次元の問題だからさあ。 
そして、作者に対しては「表現する自由は、反論・批判をする相手に対してもそれを表現する自由があるし、反論批判を受ける責任もあるんだよ」と言いたかったりするのです。大御所に対して小童が言っても無駄なんだけどさ。


※このブログについても、何らかの批判や反論があってしかるべきだと思います。ただ、「言ってもいないことを拡大解釈」して批判されると流石にどうかと思いまする…。 わかりにくかったり誤解を生み出してるところがあるならばそこは修正しますし謝罪はしますけど、一文だけ切り取って「あのブログは糞」とか、自分が所属している組織に対してまで批判とかまでいくと、アレでソレなので色々考えないといかんなあと思ってます。はい。某ピアノマンとか。