あんまり頭を使わないでメモるだけだよー

 
日本だと「武器を持っている人は危険」という発想が大勢を占めている。
故に、自衛隊のような「自衛の武器」も「人殺し」とか「危険」とか言っちゃう。
これってのは、日本で普通に生活していると「武器がないと生きていけない」という環境が皆無でして、「みんなが武器を持っていなければ、争い事は起きない」という文化になっているからです。
弓とか薙刀とかもあるんだけどあれはすべて「道」としてしまい、「心の丹念のために武器を用いる、武器の攻撃性を制御するための訓練、故に競技として以外用いてはいけない」から成立してるわけで。
猟銃も「食べ物を得るためであり、人に向けてはいけない」「人を打ったら即逮捕=犯罪者」というルールがある。
みんなが武器を持っていない状態で猟銃を持っていればその人は強さでは優位のはずだが、ぜったいにそうならないのは「みんなが武器を持っていない状態で持っている人は卑怯」という文化のため。
(ゆえに、暗殺者とか忍者とかというのは、武器を隠し持つんだよね)

逆に中世ヨーロッパとか、今のアメリカとかは、「自分の身を守るために武器を持つ」という文化。
「みんなが武器を持っていれば、お互い牽制しあうから争いは起きない」というのが考え方の基本。故に、自分を守るという名目で銃の発射事件も起きるわけなんだが。

どっちが平和として正しいかと言われると、実はどっちとも言えない。
結果としては、どっちの世界もそれで平和が成り立つのです。
ただ、武器を持たないことが平和だ!という人が武器を持つことで平和が来る!世界に行くと、不幸だよね。
逆の場合もまた不幸だよね。

憲法第9条とか、自衛隊についての批判ってのは、この「平和」に対する考え方の違いなんだよなあと思っているんだが、そういうこと言う機会もなければ、言ったところでフルボッコされるのが今の日本である。
みんなが武器持っていることで牽制しあい平和が訪れるという戦地に行く場合、自衛のために武器は必要なんだよね。じゃないと、犬死になってしまう。
もっとも、みんなが武器を持っているということは、なんかのきっかけでルールを破る奴がいた瞬間に、戦闘が始まるってことでもある。

だから武器など不要なのだ!というのは簡単なんだけど、今の日本のように「誰も武器を持たないことが平和である」世界軸に武器を隠し持つ奴が戦いのために暴れだして、全日本人を虐殺したらそれはそれでENDなのよね。その前にそういう奴は数で倒せるだろう!という人もいるけど、1億vs1人だったら勝てるけど武器持ってない1億vs半径100km吹っ飛ばす爆弾持ったテロリスト100人とかだと、さすがに無理なんじゃなかろうかみたいな。(半径100kmふっとばす爆弾があるかどうかとか聞いてはいけない。あくまで例えだから、そのへんは至って適当)

何の話をしてるかよくわからなくなってきたけど、武器とかって否定してはいけないと思うし、自衛のための武力は絶対に捨ててはいけないと思うのよね。ただし、それを乱用する人が出ることのないように、管理はしっかりしないといけない。いつ使うかわからないから、そのへんのメンテとか訓練とかは欠かさないようにしないといけないけど、不必要なときに武力で平和を脅かすような真似はできないようにしなきゃいけない。

言うだけなら簡単だけど、これがまた難しい。
でも、少なくともそれができてるのが今の日本で、自衛隊だと思うんだよね。
そんなすごいことが可能なのがさ。

そんなぼや記。