ここ数日あれ?あれ??と変な引っ掛かりを感じていたものについて、昨日かちっとハマった事があったんですが、カチッとはまる過程において精神的に荒れたもんだから、寝る前に薬を飲もうと思ったの。

……本日、薬の副作用による低体温と、それに伴う頭痛に悩まされている濱澤です、こんにちは。

寝る前に足つぼマッサージしたら太陽神経叢の部分が激痛だったんで、自律神経もやられてたんだろうなあと思ったのですが、 完全に薬の効果が裏目に出たなあとぼんやり。量は処方量守ってるんだけど。

というわけで、皆様お薬の取り扱いには注意をお願いします。

……IMEが「チュウイをオ・ネ・ガ・イ」とか一発変換したことについて、遺憾の意を唱えたいので賛同者(ぁ。


それはともかく。

ちょっと今日ですねえ、【凶悪犯罪女に騙される男の心理状態】的テキストを読んだのですよ。
内容としては「だいたい言いたいこと分かるけど、題材が特殊すぎだろ」って話なんですが。
あまりにも「悪女に注意しろ!」臭が強すぎて。こういうレベルに出くわすの、ないとはいわんけどさすがに煽り過ぎ。故に、リンクは貼らないというひどい人。



とはいえ、ウンウンと思う箇所はあるのです。



それは、その中にあったフレーズで「疑り深い人ほど(こういう女性に)騙される」という一文。
あ、上記のフレーズは男女関係の闇的話なので、「疑り深い人」ってのは男性のことを指すんだが、別に男女関係に限った話じゃないんだよなあと思っています。

「疑い深い人は壁こそ厚いが、その壁を突破されるととたんにもろくなってしまう。従って、そこまで入り込めた相手を盲目的に信用してしまう」
「逆に人を疑わない人は相手を素直に見るため、違和感をすぐに察知でき、観察することができる」

……ああ、そうだよねと思ったのですわ。

何をもって疑い深いかってのはものすごく難しい問題なので「俺はどっちなのだ?」とか聞かれると困るんだけど。
普段用心に用心を重ね、相手は敵だと判断して対話をするってタイプの人は、やっぱ相手のことをちゃんとは観察してないし、何かのタイミングで心を許してしまうとそのままズブズブはまる傾向にあるなあと思っています。
逆に何でもウェルカム!広く浅く付き合うよ!的な人のほうが、人間観察は鋭いなあと。

で、疑い深い人がこの人疑わなくていい!と決めた瞬間、相手の話をまるまる信じる傾向が強く、その信じた相手が「XXは敵だー!」(XXは人にかぎらず、モノや思想も含む)というと、判断放棄で信じてしまう。
逆に広く浅くの人はそう言われても一度考える癖がついてるなあと。
(まあ、単純にそういう何かとは無縁でいたいがゆえに、なにかおかしいと思っても反応しないという傾向があるので、一概にソレが良いとはいえない) 

アレですよアレ。
「友人の話はどれだけおかしいところがあっても疑いもせず信用する」
って例は、日常的に起きてるんじゃないかな。大半はそれで問題ないんだろうけど。

友人の話を信じるってのも、「同じ話を友人以外から聞いても信じる」のなら、それは考えた結果なんだろうなあと思います。
「○○さん(友人にかぎらず)が言ってたから、あいつがひどいことした原因だって!」
って話をちらほら聞くんだけど、うん、まあ、ちょっとは考えろよとはいいたくなる。
そう言う人ほど「私疑り深いから!人をそう簡単に信用しないから!」っていっているわけで、まあ別にいいんだけど、その友人なる者の言ってることが100%本当に信用できますか?とは言いたくなる。

私は残酷な人なので、そう言う事例を見ても「本人だけが痛い目合うならいいんじゃね?止めませんよ別にコッチに被害が来ないのならば」というスタンスだったりします。
……私自身に被害が来る場合は別だけどなー。
その程度には他人をまるまる信用してないともいう。友人と思われてる相手にすら。
ただ、その程度には「人間というものを(立場とか無視して)信じて」いたりはします。

といったところで、信用されないよね、知ってる。
(信用してもらおうとしてないので、その辺は別に仕方ないんだが)
どうにも濱澤という人は、他人を疑ってかかると思われてるらしい。実際に会ったことない人だとそう見られても仕方ないとは思うんだが(ブログとかTwitterだけとかはねえ)。

ちょっとね。
普段冷静な知人がやたら疑い深くなったと思ったら(その原因を知ってるので仕方ないんだが)結果変な罠に引っかかってたという案件があったのでちょっと自分用としてメモしてみた。
あんまり実害はないと思うんだけどね。

……ちなみに疑い深くなる原因の一つに、全く無関係の自分の行動が含まれていたと聞いたので、本当にごめんねそういうつもりじゃなかったのよと謝るしか出来ないんだよね。本人の意図していない行動が変なところで予想外の人の精神状態を左右するというのは、理屈でわかっていてもなかなか難しい。

全員というつもりは毛頭もないんだが、オタク界隈にいると「あまりに疑り深いが故に、親友(!)の話だけを(内容の是非を確認せず)信用する」という話をあまりにもたくさん聞くんだけど、信用するだけならともかく「内容の是非を確認せず信用した話を元に他人をフルボッコする」ってところにたいてい行き着くのは、何とかならねえかなあと思います。
何を信じるのも勝手だろうが、他人(もしくは他のもの)を叩く動機がそれかよという気分にはなります。
別に、これってオタク界隈にかぎらず、人間というものの業なのかもしれん。

そして、そういうことした人が騙されてそのまま逆にフルボッコ食らってるってケースも見るんだけど、それに対しては「哀れだなあ」と思うのよね。「ザマァ」にはならない。「やられた恨みは忘れねえけど、それはそれとして可哀想だな」と思うの。 
という話は、どうにも理解できない理屈なのかなあと、最近ぼんやり思い始めています。

個人的には「罪を憎んで人を憎まず」ってとこなんだよねえ。 
私が冷静な人間かと聞かれると、まちがいなくNo!って答えるけどさw

悪いことは悪いこと、良いことは良いこと。そのことについては論ずる人であります。
ただ、悪いことをやった人が悪人であり、全人格否定するみたいなものの見方は、私には出来ないんだよねえ。 
(たまにあまりにもめんどくさくて「全人格否定したほうが楽だよねまじで」ってことは起きるんですが、それでもなかなか出来ないものなのよね。良い所ってのも知ってるからなおさら)