欽ドン!のノリで…と言おうとして、自分が年寄りである暴露になることに気づき自滅した人です。
おはようございます…。

最近、同人イベント評論というか、同人主催関係なんとかというか、そういう感じの非常に微妙かつお金には決してならない(どころか湯水のごとくお金が流れていく)何かに忙殺されて非常に切ない濱澤です。

……夏コミ新刊、出るのかしら……?(一応、3日目西ゆ02aってスペースにいます)

この間ですね(唐突に)。
「イベント主催経験者ってこわーい」
って言われまして。ん?なんで?どしたの???と聞いたところ。
「イベントやろっかなと思ってるけど、どっか失敗あったらネチネチ叩きそうだしー」

……ああ、うん、そう言う主催さん、いなくはない、ね……。

イベントを運営する立場だからこそ見える他イベントの稚拙さってのは、どうしてもあります。
ただ、それをどう指摘するかってのは、やっぱ主催だからというより、その人の個性というか根性が悪いかどうかで決まるんですよ。
ってのは、当たり前の話だと思っていたら、全然あたりまえじゃない!ということにこのタイミングで気づいたという話。



 

主催にかぎらず、人というのは、どうしたって他人の嫌なところ、ダメなところ、直して欲しいところって見てしまいがちなのです。で、見たからには指摘せずにはいられない(直接・間接問わず)な生き物です。
ほら、いるでしょ。本人に直接言わず、友人に愚痴るタイプとか。
イベントの批判を空リプ飛ばす人とか。で、エゴサとかでどうしても見つかるんだけど、それでイベント側が反応すると「エゴサこわーい主催こわーい」って言う人。

……別に主催に限らないのです。評価とか気になるものです。そして、間違ったりしたところがあったら知りたいし、謝りたいものなのです。

で、だ。
あえて同人イベントとしますが、その人の立ち位置によって、そういう「よいところ」「悪いところ」ってのは、見え方が違えば評価も変わります。変な話、同じ出来事が見えたとしても、人によってよくも悪くもなるのですわ。

例えば、「こじんまりとしたアットホームなイベント」というと非常に良いイベントに聞こえますが、「サークルも参加者も少ない閑散イベント」という言葉を選んだ瞬間に、悪いイベントに聞こえてしまいます。
で、これっていうのはその人が何を重視してるかによって変わってくるからであり、「参加者の人数が全て」と思ってる人からすると参加者が少ないイベントなんてものは閑散イベントにしか見えないわけです。数というのが全てですから。逆に「楽しくて全部のスペース回れてみんな親切で!」って言うことを重要視する人からすれば、スペース数や参加者の多い少ないって事実はどうでも良くなります。楽しめるかどうかが重要。

評論という立場から行くと、こういう「評価」ってのは立ち位置によって変わってくるので、自分の立ち位置はどこであるか評価基準は何で判断するかなど、表明した上でやるべきなのです。じゃないと、声の大きい人が好きだと思うイベントだけが持ち上げられてしまうから。

で、話を戻す。
主催ということをやってると、他のイベントで「……あ、ここまずいなあ」「ここ直すともっと良くなるのに」って思うことが多々あります。主催経験がなくても思う人は思うかもしれません。
そう思ったときに、一言物申したいのは主催じゃなくても当然のことではあります、が。
主催って肩書がつくと、それだけで「絶対」と思っちゃう人が出てくるのは仕方ないし、「自分の発言が絶対」だから「持ち上げられちゃう」って経験を得ると、一部は天狗になるというか横柄な態度になってしまうというか、「自分の価値観が絶対である」と思いがちなのです。

もうひとつ、主催になってみないとわからないことってたくさんあります。こういうのって、やってみて初めて気づく失敗であり、参加側からするとあんまりよろしくはないんですけど、わりと主催あるあるだったりします。POP足らないとかな。そういう「初心者あるある」も経験を積むと忘れてしまいがちでして、そういう人が横柄な態度になると「こんなミスもあるイベントとかヘボだ!最悪だ!」と吹聴しがちなんですよね……。

と、ここまでが前提。
長いな、おい。

私個人としては普通の主催であり、まあよくも悪くもないよねと思ってます。まだまだ経験浅いし、たくさんのイベント見に行って、いいところ探しとかパクリインスパイヤできるところないか探しに余念がありません。 いやあ、どのイベントの個性がありますし、悪いところしか無いイベントってあんまり無いですよ。
(イベントではなく中の人が嫌いってイベントはないわけじゃないけど、そういうところは話題に出さないだけなので…そういうのはあるでしょどこでも)

なので、「参加人数が少ないイベントをやっちゃう主催はダメでしょ」というとある主催さんの言葉を聞いて、「……あ、この人とは価値観が合わないな」と思ったのです。
主催としてはたくさん人が呼べるイベントをやるべき、それが参加者の幸せを生む(はず)ってのは、一理あります。社会の評価としては人を集められるかどうかにかかっているわけで、その集まった人たちがどういうものか(趣味的に濃い薄い、購買意欲の高い低い)は問わないわけです。実際、そこを問うと「購買意欲が低くて趣味的に薄い人はダメ」って言い出しかねず、それもまた違うしね。
ただ、私としては「イベントは10個あったら10個の評価がある」信念の持ち主なので、「この評価しか認めない」的発言はどうしても受け付けないんだよなあと思ったのです。

参加人数の多い少ないってのの基準値が、ジャンルや開催地によって変わるとわかっていても、ね。

※補足しておくと、「参加人数か少ないイベント」と言うのは「主催が赤字をかぶらないといけない」ことを意味し、ひいては「イベントの継続開催が困難になる(どころか主催の生活もやばくなるかも)」につながります。そういう意味で「参加者の多少」にこだわるのはわかるのです。ややこしいのは「経費が余りかからないイベント」の存在。地方だとわりと運営固定費は小さくてすむケースがあるのですが、大きいイベントやってる人たちほどそういうことに見落としがちで、小さな規模のイベントを見下しちゃう(ダメイベント評価しがち)になるのよね…。

あと、イベント主催をやってると「当たり前」と思われていることがあります。
例えばスタッフには食事を出しましょうってのはわりと常識とされています。ちゃんとした折詰弁当にしましょう!とか言われたことがあります。
……けど、それってやっぱイベントによるし、スタッフが全員納得してるんだったらわりと自由なんじゃないかなあと思うのです。
という理由で、都産貿浜松町館でイベント開催した時のスタッフ弁当が会場隣のほか弁だって話したときに「ひどい主催扱い」されたのを、今でも根に持っております……。
(ちなみに「のり弁でしょ!安いから!ダメ主催はそういうところでケチる!」って断言されて「みんなそんなひどいことされてるんだ」と逆にびっくりしたんですが、そうか、ほか弁屋の季節限定なんとか弁当(ほか弁にしてはわりといい値段)とかをスタッフの休憩時間にある程度合わせて配達してもらうってのはみんな考えつかないんだなあという感想を持った何か)

初主催に「当たり前!」を押し付け、検討してもできない人たちはダメの烙印を押す主催さんは、悪い主催さんだと思うのよね。

更にややこしい話として、悪い主催さんほど自分の発言に自覚がありません。主催ってだけで影響されちゃう人は割と多いんですが、「あくまで俺個人の発言だから」でいいっぱなししちゃうひとが多い多い。
もちろん、俺個人の発言ってのはそのとおりなんです。それに影響されちゃう人がいることについては責任はありません。
ないんですけど、ね。
そうやって潰れたひよこ主催さんとか、主催のたまごさんとかを見てると、ね。

わりと切ないよね。と思う、普通の主催の私。

ダメなところ指摘したいってのは人としてわかるし。
それやらないとひよこ主催さんがまた失敗するかもって気持ちもわかるし。
ならば、せめて「ダメな部分の指摘」だけじゃなく、「改善方法」も提案しようぜと思うのです。提案して採用するかどうかは相手次第。できるかどうかってのは(自分もわかるんですけど)会場都合や予算などで左右されるものなので。

なんか、困ってる人を見ると助けずにはいられないおせっかいおばさんなせいも多少はあるんですけど。
たまにね。イベント主催やスタッフ立場を名乗った上でウエメセイベント批判(しかも腐らすのが目的であり、前向きな改善方法が一つもないことに気づいていない)を見ていると切ないんですよ。

本来は、イベント主催スタッフに限った話ではないんでしょうけど。
そういう立場の人なら、尚更、ね。みたいな。


という、最近タイトル詐欺が多いこのブログでした。CIAO!!(逃走