ここんとこ仕事の関係でツイッターを見てない時間が増えまして(いや、ツイッター見てると仕事できないんだ(アカンパターン))、そんなわけでたまに出没したときに上がってる話題がリアルタイムじゃないのでRTだけやイイね!だけしたり、同人トラブル関係もスルーしがちなんですけど。

そんな状況でたまたま見た、マンガ。
最初は「絵とかTwitterでいいなあと思ってもイイね!だけしてRTしてくれないと絵が広まらなくて、それで辞めちゃう人とかいるから、いいなと思った絵とかはイイね!だけじゃなくRTとかもして拡散して色んな人に見てもらえるようにしてね」って言う意見マンガで、うん、まあそうね見てもらうために書いたマンガ(だけじゃなく告知)はイイね!だけじゃなくRTと言うかたちで拡散されないと意味ないねくらいで私は終わってたんですが。

数時間後、そのマンガに赤字で「すべての人ではありません」とか「いいねをブックマークのつもりで使ってる方もいます」だのといった注意書きというかお詫びと言うかがずらーーーーーと追記された状態で再アップされてまして。

めんどくさい人多いなあと心の底から思いました。
うん、昔からTwitterやってる人は、イイねをブックマークとして使う癖が残ってる人多いし(昔はスターでファボだったし)好きだけど拡散するほどじゃないし、むしろRTすることでこの人こんな性癖なんだ~きもーいとフォロワーに思われるの嫌!とかエロ絵とかは見るのも嫌だからって人のこと考えてることも多いし。あとRT=晒し行為と考える人もいるので、ヘタにRTするとこれ嫌いなやつだからRTして晒してるんだ!とかいい出す人もいるし。
Twitterの使い方に決まりはなく、故に、いろんな考えや使い方をしている人がいるのは百も承知なんですけど、相当反論が来た結果なんだろうなあと考えるにつけ、「面倒くさい人が多い」という感想しかないわけでございます。


こういう「いろんな考えや使い方をしている人を一括りに語っちゃうような書き方をすると、批判が押し寄せてくる」原因の一つに「主語が大きすぎる」というのがあります。
さっきのマンガの例だと「TwitterでいいねだけしてRTしない人」ってのが主語なわけですが、その行動をする人たちみんなが同じ考えで行動してるわけじゃないので反論が来る。これが「主語が大きすぎる」といいます。
私のブログもたまーに批判というか面倒くさい人たちが押し寄せる時があるんですが、割と多いキーワードは「腐女子」ですね。
タイトルについては字数制限もあるし、本文を読んでもらえば全部の腐女子と呼ばれる人たちの話じゃないのはわかるようにしてるつもりなのですが、タイトルだけで批判する方や「私はそんなんじゃない!」とか言われる方が大勢います。ヒドイのになると、本文で主張していること(とくに「こういう腐女子が嫌い」みたいな内容)をそのまま書いて「そういう腐女子と一緒くたにするから誤解されるんです!」みたいなコメントをくださる方もおられます。うん、本文読んで。腐女子というキーワードだけで反応してるみたいだけど、あなたが嫌いなタイプの腐女子が嫌いって書いてあるから。

私は「自分がやってる行動と同じパターンで理由が違うと、人はそれを自分に対する悪口と考える」とも思っています。自分がやってるパターンが正しいと信じているからこそ、違う理由の人を悪口と捉え意見という形を取った批判をしちゃうわけで、あえて煽る目的で言葉を使うなら「自意識過剰症候群」だよなあと。

なので、炎上…というか批判が来るのが耐えられない人は、特にいろんな理由(悪意含む)を持ってRTできちゃうツイッターにアップしないとか、返信読まないとか、もっと言うと主語に当たる部分を小さくするとかすればいいんですけど、書いてる本人からすれば限定した人向け(=主語は小さくしているつもり)だし、ある程度一般論的に書かないと読まれないという弱点もあるわけでして。

特にイラストやマンガに関しては、ぱっと見目に飛び込みやすいせいか、気をつけないと自意識過剰症候群な方々による批判が起こりやすいなあと思ってます。

……だからって、書くな、アップするなって結論になるとまた違うわけでして。

本当は、自分が話題に含まれるカテゴリや行動をしてたとしても、中身を読んで「自分はそうじゃない」と思ったのだったら、スルーするスキルをみんながみんな付けてくれればいいなあと思うのです。とっても難しいし、そもそもスルーしてほしいっていう思いですら「スルーするしない、意見するしないもそれぞれの人の勝手じゃないですか!」と言われればそのとおりなので、あなたはそうしてもいいけど、私はそうしてほしいなあくらいしか言えないのですが。

あと、批判が増えるのは主語が大きいからという話をしましたけど、要は分母が増えると批判者の割合はどれも一定なんだけど実数は増えるんだよね、という話でしかないわけで。批判する人は1%と仮定しても、100人だったら1人だけど10000人だったら100人になるよねっていうアレです。
逆の考え方をすると、(今回の例で言うと)RT=同意と考える人は40%と仮定すると、100RTだったらあなたの意見に同意する人は40人だけど10000RTだったら4000人いるってことにもなるので、批判者ばかりに見えるけど、分母の罠で実数が増えちゃうだけなんだよって言いたいときはあります。
※念の為に書いておきますけど、ここで使ってる1%とか40%とかっていう割合は、あくまで例なので、実際にどのくらいの割合で批判者が発生するのかとか、同意的な意味でRTをするのかは、研究者か誰かが統計データを取ってるんじゃないかなと思います。というか、なんかビックデータで炎上時における実態を統計にしてまとめてた記事を昔読んだ記憶があるんですけど、今思い出せない。

私はこう思うの!って言う意見の自由は憲法で認められてますし、それに対して反論する自由も認められてはいるのですが、なんといいますか、そういう考えの人もいるんだよくらいで留めておくのが、特にネット社会では必要じゃないかなーと思っております。反射的に批判する人多すぎなので。そして、批判者の皆が「書いた人が悪い」と決めつけているので。
もう少し肩の力抜いてさ、少なくとも深呼吸してから@や批判目的の引用RTしようぜと思ったりしますが、そういう思い出すら意見の押し付け!と言われてしまうので、どうするといいんでしょうねえ……?(投げっぱなしで終わる)