実は今週末は文学フリマ岩手に行って、スタッフをやってました。基本的に文フリは出店者側として参加し、場合によっては売り子を立てた上で自分はスタッフをするというスタンスでやってるのですが、今回完全にスタッフ名目だけで行ってきました。

……他に同行者がいたからというのも理由にはあるのですが。

で、ですね。
文学イベントですから、いろんな方がいるわけですが。
その中に「ひざのうらはやお」さんという方がいるのです。
この方も出店者なのですが、ご自身が買われた本を読んで、独自の点数をつけて、そのイベントで買った本の中で点数の高かった本を紹介するというブログをやられているわけです。

とだけ書くと、本の感想とともに独自の方法で点数をつけて買った本を紹介している方は他にもいるじゃないかと思うのですが。

この方がよく使われる(と言うか基準としている)言葉として「どれだけごうがふかいか」というのがありまして、ちょっと気になっておりました。
※ブログへのリンクはしていいものなのか迷ってしまったので、あえてしておりません。申し訳ありませんが、Twitterで名前検索すると本人のアカウントはすぐ見つかると思いますので、気になる方はそこから辿ってください。


そもそも「ごうがふかい(業が深い)」 とは
前世の罪深さにより、多くの報いを受けているさま。運が悪かったり、ひどい思いをしたりする際に用いる。(実用日本語表現辞典より)
という意味になります。ただ、この方は「ごうがふかい」とひらがな表記をしておりますので、上記の意味では用いてない可能性も非常に高いのです。というか、違うらしい。Twitterで言ってたっけ。

じゃあ、この方のいう「ごうがふかい」ってなんぞや?と気になりつつも、流石にスタッフ証付けた状態でお話しに行くわけにも行かず、というかスタッフ業務の合間に気になる本をチェックしているレベルなのであんまりサークルさんとお話する時間もなかったりするわけで。

本人に聞けずじまいのまま、今に至ります。

一応、この方のブログの過去記事に、「ごうがふかい」の定義っぽい、点数の付け方が書かれた記事があるので何度か読んでいるのですが、私の頭が馬鹿なのか、どうにも「ごうがふかい」の正体がつかめないのでございます。
端的に「この人がいいと思った本」がごうがふかいなのかと思うと、苦手ジャンルの本であっても業が深いと紹介してたりしてますし、いわゆるハードコアとかパンキッシュとかそういう意味合いでもない感じなんですよね。この方の琴線に触れた本を「ごうがふかい」と呼ぶと考えると理解できなくもないのですが、書評を読んでいると、何かそうでもない感じがしておりまして。

日本語の難しさを感じている、一応物書きの端くれでございます。

ぶっちゃけ、他人から見てごうがふかかろうと、本人はそう思ってなかったりしますし、逆のパターンもあるでしょう。この方の思う「ごうがふかい」の正体を探ったところで、他の人が思う【ごうがふかい】と一致するとも思えませんし。そもそも、自分で空想・妄想した物語をわざわざ本という形にして手売りするという行動そのものが「ごうがふかい」わけでして、その「ごうのふかい」ものが大量に集まる即売会の中で、何を元に「ごうがふかい」と感じたのか、結構気になっていたりします。


……実際に話を聞いてみたら、自分の好み(上手い下手とかではなく)のテキストを「ごうがふかい」と名付けているだけかもしれません。そういうことはよくある話です。
よくある話なんですが、ものすごく気になってるので、あえて自分メモ的に記事化してみたという何か。

……いやさ、割りと万人受けする物語を書いて沢山の人に読んでもらうっていうのもいいけど、100人が読んで99人が「つまらん」という中、たった1人だけが「この本すげえ!」って言われるような本も作ってみたいじゃん?みたいな気持ちもどこかにあるのですよ、書き手としては。
そういう「ごうがふかい」とも違うっぽいなあと思ってるので。

あと、この方、秋のテキレボで「みんなのごうがふかいな展」をやるそうなので、何が基準なのか、どういうものが「ごうがふかい」といえるのか、自分が参加するかしないかはともかく、ものすごく気になってたりしております。