ソナーズという小説投稿サイトがあります。売りとしては、「他作者の評価は見えない、比べられない」「感想がたくさん届く仕掛けを備えている」といったところでしょうか。
「作者が見るべきものは、他の作者ではなくて大切な読者」というフレーズは、私も割と頷けるところではあります。なんていうかね、他の書き手さんばっか見てグチグチいいすぎたり、他の書き手さんが人気だからって書くのやめます―とか言ってる人見ると、切なくなるんですよね。
(書くことは強制されているわけではないので、どういう理由であっても「書けなくなる」「書くの辞める」って人が出ること自体は仕方ないと思ってます。ただ、他人のせいにしないでほしいなとは思うの)
た、だ。
そういうお題目はよいものの、ソナーズというサイトはなんというかその、色々ちぐはぐなことをしでかしているところが残念なところ。
騒動の件で一番大きな問題点は「作者なのに感想が読めない」こと。
なぜかと言うと、「感想を書かなければその書き手の次の作品が読めない」だけでなく「表示できる感想数に制限がある」といった難題が合ったから。ちなみに、この仕様については、この記事を書いている時点で廃止になったようです。
だからといって、使いやすくなったかどうかはなんとも言えない。といいますか、「感想をたくさんもらえる」というお題目の解釈が、利用者(書き手・読者)と運営者(ソナーズ)側で違っているように思うんですよ。
ソナーズの言い分を聞くと、
というか、これ。書き出して思ったんですけど、二昔くらい前の女性向けジャンル書き手の立ち位置がこんな感じだったなあと。複数ジャンル掛け持ち(よろず)で、書き手でもあり買い手でもある。自ジャンルならば他人の作品も普通に買って楽しむ。
今、そういう人がいないとは思わないし、そういう人も多いとは思うんですけど、なんといいますか、自ジャンルの他人の作品は読まないとか、増えてきてるような気がします。
ついでにいうと、二昔前くらいだと読者や他の作者と「本の感想」からしかコミュニケーションを取るのが難しかったのが、今では本の感想とかをすっ飛ばしてコミュニケーションを取ろうと思えば取れるようになっています。主にSNSのおかげ。昔なんか「郵便で」「感想を送る」って制限があったのもあって「同人便箋」とかが盛んに作られていましたし(同人便箋つくるけど使えなかったという人はスルーしてください)(同人便箋交換とかもあったなあ…)。
便箋がどうのと言うところはSNSになってメールとか感想ツールとか、代替品が色々あるわけですが、そもそも「感想を書く」という作業が元々負担だったという事実に気づいてない人も多いわけです。感想を送らねばコミュニケーションを取れないとなれば、みんな感想を頑張ってひねり出して送るはずです。ソナーズの狙いの一つはそこであって、たしかにその考えは間違ってはいないんです。
ただ、それってやっぱり現代のネット事情に合ってないんだなあと思うのです。
書き手であれ読者であれ、現代の感想事情に求めているものは、
となると、感想を送らないと読めないとか、感想に対しなにかしないと他の感想も読めないとか、そんなのはただの嫌がらせ以外の何物でもないわけで。
そういう認識のズレから反感を買うのは、避けられなかったんだろうなあと思います。
「感想を送り合うことで褒め合うユートピア」みたいな感じを受けるソナーズですが、それを求めてる人はいると思うので、個人的にはサービスが続くといいなあと思います。
ただ、マガジンを見ないと制限が解除されたことが書いておらず、トップページに該当マガジンの直接リンクが貼ってないところを見るかぎり、制限は今も続いていると思われても仕方ないような気がします…。noteのマガジンも、該当記事がTOP固定じゃないしね…。なんかもったいないなあと思うのですが、運営の考え方に外野があれこれ行ってもなにかできるわけではない。
(個人的に、ソナーズ運営(=マシュマロ運営)はターゲットに合わせた言葉の選び方をすると好印象を得るのではないかなあ…内容は悪くないんよ、言葉の言い回し、と言うか文体がちょっと(ニュアンス)反感買う感じだよねって思ってます)
欲しいサービスが、いきなりパーフェクトな状態でリリースされたら幸せなんですけど、なかなかそうは行かないのが世の常です。だからこそ、なんかね、いい感じに棲み分けというか、必要な人には喜ばれる作りになってくれるといいなあとは思うのですががが。
「作者が見るべきものは、他の作者ではなくて大切な読者」というフレーズは、私も割と頷けるところではあります。なんていうかね、他の書き手さんばっか見てグチグチいいすぎたり、他の書き手さんが人気だからって書くのやめます―とか言ってる人見ると、切なくなるんですよね。
(書くことは強制されているわけではないので、どういう理由であっても「書けなくなる」「書くの辞める」って人が出ること自体は仕方ないと思ってます。ただ、他人のせいにしないでほしいなとは思うの)
た、だ。
そういうお題目はよいものの、ソナーズというサイトはなんというかその、色々ちぐはぐなことをしでかしているところが残念なところ。
騒動の件で一番大きな問題点は「作者なのに感想が読めない」こと。
なぜかと言うと、「感想を書かなければその書き手の次の作品が読めない」だけでなく「表示できる感想数に制限がある」といった難題が合ったから。ちなみに、この仕様については、この記事を書いている時点で廃止になったようです。
だからといって、使いやすくなったかどうかはなんとも言えない。といいますか、「感想をたくさんもらえる」というお題目の解釈が、利用者(書き手・読者)と運営者(ソナーズ)側で違っているように思うんですよ。
ソナーズの言い分を聞くと、
- 読者なら「好きな作家に感想を書けば続きが読める」となれば書くはず
- 作者であっても誰かの一読者であるはず
- 作者であり読者である人たちの交流の中で感想は循環し合うはず
というか、これ。書き出して思ったんですけど、二昔くらい前の女性向けジャンル書き手の立ち位置がこんな感じだったなあと。複数ジャンル掛け持ち(よろず)で、書き手でもあり買い手でもある。自ジャンルならば他人の作品も普通に買って楽しむ。
今、そういう人がいないとは思わないし、そういう人も多いとは思うんですけど、なんといいますか、自ジャンルの他人の作品は読まないとか、増えてきてるような気がします。
ついでにいうと、二昔前くらいだと読者や他の作者と「本の感想」からしかコミュニケーションを取るのが難しかったのが、今では本の感想とかをすっ飛ばしてコミュニケーションを取ろうと思えば取れるようになっています。主にSNSのおかげ。昔なんか「郵便で」「感想を送る」って制限があったのもあって「同人便箋」とかが盛んに作られていましたし(同人便箋つくるけど使えなかったという人はスルーしてください)(同人便箋交換とかもあったなあ…)。
便箋がどうのと言うところはSNSになってメールとか感想ツールとか、代替品が色々あるわけですが、そもそも「感想を書く」という作業が元々負担だったという事実に気づいてない人も多いわけです。感想を送らねばコミュニケーションを取れないとなれば、みんな感想を頑張ってひねり出して送るはずです。ソナーズの狙いの一つはそこであって、たしかにその考えは間違ってはいないんです。
ただ、それってやっぱり現代のネット事情に合ってないんだなあと思うのです。
書き手であれ読者であれ、現代の感想事情に求めているものは、
- 簡単に書ける
- 簡単に届く
- 送りたいときに送りたい人に送りたいだけ届く
となると、感想を送らないと読めないとか、感想に対しなにかしないと他の感想も読めないとか、そんなのはただの嫌がらせ以外の何物でもないわけで。
そういう認識のズレから反感を買うのは、避けられなかったんだろうなあと思います。
「感想を送り合うことで褒め合うユートピア」みたいな感じを受けるソナーズですが、それを求めてる人はいると思うので、個人的にはサービスが続くといいなあと思います。
ただ、マガジンを見ないと制限が解除されたことが書いておらず、トップページに該当マガジンの直接リンクが貼ってないところを見るかぎり、制限は今も続いていると思われても仕方ないような気がします…。noteのマガジンも、該当記事がTOP固定じゃないしね…。なんかもったいないなあと思うのですが、運営の考え方に外野があれこれ行ってもなにかできるわけではない。
(個人的に、ソナーズ運営(=マシュマロ運営)はターゲットに合わせた言葉の選び方をすると好印象を得るのではないかなあ…内容は悪くないんよ、言葉の言い回し、と言うか文体がちょっと(ニュアンス)反感買う感じだよねって思ってます)
欲しいサービスが、いきなりパーフェクトな状態でリリースされたら幸せなんですけど、なかなかそうは行かないのが世の常です。だからこそ、なんかね、いい感じに棲み分けというか、必要な人には喜ばれる作りになってくれるといいなあとは思うのですががが。
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